>埼玉県健康管理士会 会員 中田 恵吾

3・11東日本大震災からちょうど百日目。その日はやってきた。過去三度のプレーが行われた懐かしのホームグランド西公民館は、いつものように歴戦の勇士達のやる気満々の熱気で溢れていた。
今回は初戦・第二戦のプレーのテーマとは全く異なり新しいテーマ『脳と心を健康に』で臨んだ。しかし事前の例会レビューにおいては「そんな病気体験なんか聴きたくないよ」と、仲間のサポータから鋭い指摘を受け、直前に講演内容の一部手直しをした。
初めての講演テーマには付き物の困難さであった。ただ心掛けたことは、出来るだけ平易な言葉で自身の体験からくる心の籠った言葉で皆さんに語ることでした。
さて、本題に移ろう。昨年猛暑の6月、会社に出勤した私に異変が起きたのは朝一番パソコン起動時の時だった。その後も文字が上手く書けない、文字を忘れているなどの異変が次々襲った。午後から会社を早退した私はそのまま病院に行き、そこで聞いた医師の言葉にわが耳を疑った。「このまま入院してもらいます。今から救急車の手配をしますから」そんなバナナ~五十六歳、この歳になるまで入院など経験も無く、ましてや救急車に乗るなど想定外であった。大学病院へ搬送された私に下された診断は、「左脳内出血」いわゆる脳卒中であった。
原因は私の場合①毎晩八時までの残業勤務による慢性的な疲労②仕事や生活全般からくるストレス③睡眠時間④血圧管理の不徹底⑤食事面の不摂生(塩分・脂質)などが考えられた。
入院後、私の頭は開頭手術することも無く薬による処置(血圧降下の為の処置および脳内の出血を止め抑える処置、血圧コントロールは現在も継続中)で済んだが、問題はここからだった。
私は左脳内出血により左脳の一部が壊れていたのだ。つまり高次脳機能障害を発生させていたのだ。左脳は言語の脳と言われるように言語や計算の機能を司っています。その結果私の脳は文字を忘れ、象形文字のような左右逆転の奇妙な文字を勝手に書いてしまうようなことになっていたのです。講演では実際に私が書いた文字を皆さんに見て頂きました。さらに計算機能はと言えば、足し算引き算のうち、引き算が出来なくなったのです。正確に言えば二桁の引き算がわからなくなっていたのである。この歳で引き算が出来ないことの恥ずかしさ悔しさ情けなさ、これはきっと当事者以外の誰にもこの思いはわからないと思います。この話を聞いたある人が「今だったら引き算わかるんですか?」と嘲笑するかのように平気で質問しました。どこの世界でも人の機微のわからない人がいるのだな~と少し哀しくなりました。

脳内出血の直接の原因は高血圧によるもので血圧降下と止血処置は先述のとおりでしたが、次は損傷を受けた個所の修復作業を行うことでした。作業療法士や言語聴覚療法士による高次脳機能のチェックで壊れた機能を修復する為のリハビリの開始です。毎回の回診で自分の名前、ここはどこ?、今日は何日?を尋ねられる。屈辱の悔しい情けない日々でした。そのリハビリは約三週間と退院後も自宅で継続することが求められましたが、現在ではほぼ回復しました。
ではそもそも『脳卒中』とはどんな病気なのか?脳血管障害の一種で、大きく分けて脳の動脈が裂けて脳の組織の中で出血が起き血腫を作る脳内出血、脳の太い血管に出来た脳動脈瘤が破裂するクモ膜下出血、そして脳の動脈が詰まって発症する脳梗塞などがある。そして脳卒中の、具体的な症状をひとつひとつ説明し認識していただくことで、万が一のその時を無為に過ごすことのないように事前の知識を有益に活かしていただきたいものです。さらには脳卒中の予防策について、日本脳卒中協会が提唱している『脳卒中予防十カ条』から主な予防策を個別に説明、特に食生活を見直しバランス良い食事、魅力ある食材に海苔を案内しました。また一日のスタート朝食は必ず摂ることをお勧めしました。
続けてアメリカ脳卒中協会の市民向けスローガン『ACT―FAST』(急いで行動せよ)を説明。
F―顔が歪んでいないか? A―片方の腕がだらりと下がらないか? S―言葉ろれつが回らなくなっていないか?などそしてT―脳卒中に罹ったと思ったら急いで迷わず救急車を呼びなさい。とにかく脳卒中において大事なことは、『ある日、突然』起こることである。そして起こった時の緊急性に対応しきれるかどうかで、その後の人生そのものが決まると言っても大袈裟ではない。
残りの時間を使い『脳とはどんなもの?』脳の概要をコンパクトに話しました。新聞紙で作った脳の模型をお見せし、イメージを掴んでいただく工夫をした。特にやる気のある脳として脳を活性化させる為に前頭葉の前頭前野を積極的に使う工夫などを紹介。特に古唱会メンバーが歌を歌う会ということから、音楽と脳の働きについて歌を歌うことが如何に脳に良いのか、脳トレになるのかということをお話し、これからも皆さんで楽しく歌い続けて欲しいことを希望し講演を終えました。
最後に、東日本大震災から百日目の今日、人と人との絆、家族との絆、地域との絆が見直されている昨今、他人に対する思いやりや、人の心の痛み、気持ちを理解し合うという人間だけに与えられた、もっとも人間らしい行為です。今回、この人間を人間たらしめる『脳』について私の拙い体験話を基にお話をさせていただきました。少しでも、皆さんの健康管理にお役に立てば幸いです。
アウェイでプレーする日はまだまだ。今回も感じたことだ。次回目指して行こう。「艱難汝を玉にす」を肝に銘じて。